2009年07月03日

中華人民共和国にある直轄市の一つ

上海市(シャンハイし)は中華人民共和国にある直轄市の一つであり、人口は重慶に次ぐ第二位の規模を誇り、アジア有数の世界都市である。 略称は滬(簡体字:?)だが、古称の申も用いられる。

中華人民共和国最大の商業・金融・工業都市で、一人当たりGDPは13189米ドル(2008年推定)。香港以外では国内最高水準である(経済特区を含めた場合、厳密には深圳市が中国本土で最高)。
中国の戦国時代、今の上海あたりは春申君の封地だったため、今も申と称す。また滬(魚を捕る道具)とも呼ばれる。

上海の地は唐代には華亭県の一部だったが、蘇州河の南に上海浦という村ができ、宋代に上海鎮とよばれるようになった。これに対し黄浦江下流の現虹口区あたりには下海廟も存在した。1292年に上海県となったが、もともと江蘇省に属した。

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アヘン戦争を終結させた1842年の南京条約により上海は条約港として開港した。これを契機としてイギリス、フランスなどの租界が形成された。1865年に香港上海銀行が設立されたことを先駆として、欧米の金融機関が本格的に上海進出を推進した。1871年には香港と上海を結ぶ海底通信ケーブルが開通し、日本の長崎にも延伸された。1920年代から1930年代にかけて上海は極東最大の都市として発展し、イギリス系金融機関の香港上海銀行を中心にアジア金融の中心となった。上海は魔都或いは東洋のパリとも呼ばれナイトクラブ・ショービジネスが繁栄した。こうした上海の繁栄は、民族資本家(浙江財閥など)の台頭と労働者の困窮化をもたらし、労働運動が盛んになっていた。

2009年06月13日

麹(こうじ)とは、米、麦、大豆などの

麹(こうじ)とは、米、麦、大豆などの穀物や精白するときに出来た糠などに、コウジカビなどの食品発酵に有効なカビを中心にした微生物を繁殖させたもの。日本酒、味噌、食酢、漬物、醤油、焼酎、泡盛など、発酵食品を製造するときに用いる。ヒマラヤ地域と東南アジアを含めた東アジア圏特有の発酵技術である。

「こうじ」の名は「かもす(醸す)」の名詞形「かもし」がウ音便化したものである。 漢字では「糀」とも書く。
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別途培養した麹菌胞子である種麹を蒸した原料に散布して製造する方法と、以前に製造した麹の中から良質なものを保存しておき、新たに麹を製造する際に蒸米に加えて用いる方法がある。後者の方法を「共麹」(「友麹」とも)と呼ぶ。現在の日本では、もっぱら前者の方法が採用されており、麹を製造する際には種麹を専門に製造する業者が供給する種麹を利用する場合が多い。

麹の使い方 [編集]
麹を発酵の材料に加えることで、カビなどの既に生成した酵素を食品の発酵に用いる。発酵時に必ずしも微生物が生きていなくてもよい。甘酒や味醂をつくる時の麹の用法がこれである。
発酵の材料に、必要な微生物を植えつけるために用いる。日本の麹技術における種麹がこれである。
発酵の材料そのものにカビを中心とした微生物を植え付け繁殖している状態のものも麹と呼ぶ。通常、麹を構成する微生物の繁殖を加水や加塩によって途中で停止させ、生成した酵素や他の微生物による次段階の発酵工程に移る。清酒、焼酎、醤油のもろみの前段階の麹がこれである。
上記の1と3の中間のものもある。例えば日本の味噌を製造するとき、豆麹を用いる中部地方の豆味噌などは完全に上記の3の用法である。しかし多くの場合米や麦などで麹をつくり、これを塩と共に煮た大豆に加える。これは日本の味噌の主材料を大豆とみなすと1の用法に近いが、近畿地方の白味噌や九州の麦味噌は全体に占める米麹や麦麹の比率が非常に高く、これらも主要な発酵材料とみなすと3の用法の要素が色濃いといえる。

2009年06月09日

生物兵器(せいぶつへいき)とは


生物兵器(せいぶつへいき)とは、細菌やウイルス、あるいはそれらが作り出す毒素などを使用し、人や動物に対して使われる兵器のこと。国際法(ジュネーヴ議定書)で使用が禁止されている。化学兵器と合わせて貧者の核兵器と言われる。

主なところでは天然痘ウイルスや炭疽菌、ボツリヌス毒素などがある。 治療法があって自分の身を守りつつ敵国にダメージを与えられる細菌やウイルスが適しているため、治療法が確立していないものは、あまり生物兵器に適さない。

使用方法は、多種多様であり、砲弾や弾道ミサイルの弾頭に装填する方法、航空機などより噴霧する方法などがある。

なお、SF作品において直接的な戦闘能力を持たせた軍事用の生命体のことを生物兵器と呼称する事がある、動物兵器参照。

またオカルト・都市伝説・陰謀論の世界ではエイズやSARSは人口削減のための生物兵器だといわれている。

核兵器などに比べて簡単に入手ができ(失敗したとはいえ、民間のオウム真理教が炭疽菌を培養して散布した)、与える被害が大きいことや以下の特徴からテロリストなどに使われることが危惧されている。 また、医学や細菌学の研究、生物兵器に対する防御法の研究という建前でひそかに開発が行われていることがある。

核兵器、生物兵器、化学兵器の3つをあわせてNBC兵器もしくはABC兵器と呼ぶが、この中でも生物兵器はもっとも費用対効果に優れるとされる。

核兵器の開発は高度な技術と施設が不可欠であり、化学兵器も兵器として十分な量を製造するためにはそれに伴う規模の施設と原料が必要となる。
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しかし生物兵器の中には、ある程度の知識と技術があれば大がかりな設備が無くても製造することができるものも存在する。反面、使用時の外部条件(例えば気象)に左右される部分が多いことや、与える被害を予測しにくく、その場で効果が現れることもないため、ほかの二つに比べると兵器としては使いにくい。

生物兵器が化学兵器と大きく違うところは細菌兵器を例にすると感染してもすぐには効果が現れず、人から人への感染を起こすことである。

感染の方法、感染力は様々であるが、生物兵器の多くは生物から生物へ感染する。化学兵器は風の影響や、付着していた化学兵器の蒸発による二次被害などがあるものの、基本的に被害は散布された周辺のみにとどまる。

しかし生物兵器は感染者が移動することにより広範囲にわたって影響を及ぼす。特に近年は、丸一日あれば世界のどこにでも行けるほど移動手段が発達しているため、被害は想像以上に大きくなる可能性がある。

特にテロに使用されやすいとするもう一つの理由は潜伏期間の問題で、感染してから数日たってから発病するため、感染経路の特定が難しく、その間に実行犯は国外などへの逃走が可能となる。


2009年04月25日

コソボの戦い

コソボの戦い(Косовска битка)は1389年にコソボで勃発した、セルビア王国とオスマン帝国による会戦である。
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1389年の6月28日、コソボ平原で、セルビア王ラザル・ボスニア王トヴルトコ・ワラキア大公ミルチャなどからなるバルカン半島の諸侯軍が、アジアからの勢力を伸ばしつつあったムラト1世率いるオスマン帝国軍と会戦した。戦いはオスマン帝国軍の大勝に終わった。

この戦いの結果、オスマン帝国はドナウ川以南の支配権を確立しセルビア・マケドニア・ブルガリアはオスマン帝国への服従を強いられる。この戦いでオスマン帝国はバルカン半島征服に大きな成果を獲得した。 ところが、ムラト1世はセルビア貴族ミロシュ・オビリッチ(コビリッチ、コビロヴィッチとも)の謁見の際に刺し殺されしまう。そしてオスマン軍は報復に捕虜のセルビア王ラザルを殺害。すぐにバヤズィト1世がスルタンに即位。バルカン征服事業を継承する。

戦地となったコソボはセルビア王国の聖地となった。のち、1980年代にセルビア民族主義を掲げるミロシェヴィッチが台頭すると、コソボの自治権を大幅に制限し、クロアチア・ボスニア・ヘルツェゴビナなどで難民となったセルビア人を入植させる政策がとられた。このためコソボでの民族バランスが大きく崩れることとなり、1990年代後半のコソボ紛争へとつながっていった。

2009年04月08日

順子/涙のセレナーデ

『順子/涙のセレナーデ』(じゅんこ/なみだのセレナーデ)は、日本のミュージシャンである長渕剛の5枚目のシングル曲である。

1980年6月5日に東芝EMI/エキスプレスよりリリースされた。

解説 [編集]
デビュー以降目立った売り上げを残せていなかったものの、本作はオリコンの週間シングルチャートで1位を記録するなどの大ヒットとなった。形式上は「涙のセレナーデ」との両A面シングルとして発売されている。
元々はアルバム『逆流』に収録されていた曲であった「順子」だが、有線放送で人気に火が付き、連続1位を獲得。また、レコード会社に「シングルにしてほしい」という要望が多数寄せられたため、後にストリングス等のリミックスが施された形でシングルカットされた。
長渕本人にとってはあくまでアルバム中の1曲であり、自らの代表曲として捉えられたくないためシングルカットを半年遅らせた経緯がある。これは、「半年間で全国をツアーで回り、その間に自身の存在と音楽性を確立してからリリースすべきだ」との本人の考えがあったからである。
後の1983年にリリースされたベストアルバム『FROM T.N.』の中で、自分の曲が自身から切り離されていくという複雑な心境を語っている。また、1994年にリリースされたベストアルバム『いつかの少年』においても、「順子の長渕」というレッテルを貼られ、克服するまでには10年掛かったと当時の苦しい心境を語っている。
当時大ヒットしたことにより、テレビの音楽番組から出演依頼が殺到したが、長渕はテレビ出演に否定的だったため、出演を断っていた。しかし、身体障害者のファンから送られた「ライブ会場に行くことができない」というファンレターを読み、出演を決意。『ザ・ベストテン』(TBS系列)にて初出演を果たした。その際、なるべく普段のライブに近い形で演奏するため、1分間MCを行い、アコースティックギター1本で演奏した。
後の1999年には「涙のセレナーデ」がA面となって発売されている。

収録曲 [編集]
順子
作詞・作曲:長渕剛/編曲:瀬尾一三
「順子」という女性に対する失恋をテーマにした楽曲。
涙のセレナーデ
作詞・作曲:長渕剛/編曲:瀬尾一三
A面とは違い女性から男性への失恋の楽曲。

オシロイ ガゼル ラッコ メント ハイジ 坊っちゃん 情報ロー リウム チェック ロビー のりくら サジー ブラスリ ヒーメン サルタ ビエン ルール ユーレ マドロス ビスチェ シャング クノッソス セルモーター バルセロナ ワードパワ リセッショ ギター ヒアリ アーユル 四季の月 ハウス シーズンズ ソング ソグド ファム 歌姫情報 ケロイ ギガス カップル ナビラム ナタデ トライ タキオ コップ すなごけ パフューマー スポンジ プレビ セレク ネフレ

2009年03月24日

名鉄5500系電車

名鉄5500系電車(めいてつ5500けいでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)が1959年に開発した汎用型の電車である。
通勤輸送にも用いられる量産型の電車としては、日本で初めて冷房装置を製造当初から搭載した画期的な電車であった。

1960年までに合計30両が製造され、2005年までに全車が廃車された。

技術・デザイン面では1957年に製造された5200系電車の延長上に開発されたもので、正面貫通式・パノラミックウインドゥを備えた低運転台構造の2扉車という点は5200系同様であるが、当初から冷房装置を搭載しており、特別料金不要の車両としては日本国内初の「冷房電車」(大衆冷房車)として特筆される。

なお、正確には1936年の南海鉄道(現・南海電気鉄道)2001形が日本最初の冷房電車であるが、これは冷房使用が2年間のみで、最多運用時でも8両(1年目は1両)という試験的な存在(日中戦争の激化により使用中止)であり、継続使用を前提とした量産車ではこの5500系が最初と言える。

機器類 [編集]
冷房装置は、日本国有鉄道が1958年に特急用に採用して先鞭を付けていた東芝製のユニットクーラーを屋上に分散搭載した。1両当たりの台数は1次車(5501 - 5510・5551 - 5556)が7台、同年下期製造の2次車が8台とした。1台の冷房能力は4,500kcal/hである。

冷房搭載に伴って、冷房装置の電源となる電動発電機の容量が60kVAへと大型化されたが、全電動車方式で床下スペースが制限された5200系の改良型である本系列では、大型電動発電機搭載スペース確保のため、各種搭載機器の小型化が必要となった。そこで5200系まで用いられていた三菱電機のABFM単位スイッチ制御器に代わり、東芝製のMCM(MC11系)電動カム軸制御器を採用した。この制御器は「パッケージ制御器」と呼ばれるコンパクトなもので、抵抗制御の在来型電車としては同時期の国鉄電車用制御器CS12と並んで最先端の方式であった[1]。

また、主電動機(TDK-825系)も5000系・5200系と同じ75kW/2000rpmながら、高速性能を強化すべく補極・補償巻線付きに進化したことで、高速域から全界磁の発電ブレーキが使用できるようになった。これにより設計最高速度も140km/hに向上している[2]。5000系の波巻モーター(TDK-823系)と比べて、この重ね巻モーターは起動時や発電ブレーキ時にかん高い音を発するのが特徴である。

これらの技術は1961年登場の著名な展望電車「パノラマカー」こと7000系電車に受け継がれた。その点では「パノラマカーの技術的母体」と言うべき存在でもあり、互換性もあった。車体全長が18,830mmに戻されたことや、国鉄のAU12型冷房装置と共通部品を使用した本系列の冷房装置が量産化のうえ7000・7500系初期車に採用されたことにより、各分野の標準化にも寄与している。

冷房と改良型転換クロスシートを装備して接客面に優れ、5000系の技術に改良を加えた走行性能も1959年当時としては優秀であった。完全新製の電車としては名鉄最後のコイルバネ台車(FS-326、ウィングバネ式)装備であったが、乗り心地も良好であった。

冷房対策として、客室窓は5200系の一段下降式(非冷房車では通風に有利な構造)から、再び5000系と同様の二段上昇式に変更され、冷房使用時には遠隔ロック可能となっていた。なお、窓の天地寸法は5cm詰めて85cmとしている。また全高を3,886mm以内に収めるため屋根高さ(3,500mm)や天井高さ(2,220mm)も低く、屋根の肩(室内側では荷棚上部)は5000系と同様大きく丸みを帯びている(全幅は2,740mmで変わらず)。

運用 [編集]
2・4両の短編成で、支線運用や増結運用での機動力に富むことから汎用性が高く、名鉄各線で長期間にわたって重用された。

1970年代までは7000系に伍して特急(料金不要)運用に、また1980年代以降も高速・急行運用にて後継車の5700系などと同等の運用に投じられていた。7000系先頭車が事故で使用不能になった時や、車体更新時に先頭車が工場へ入場した際には、代用先頭車として代わりに先頭に連結されたこともある。

なお、5509号車は1964年(昭和39年)に発生した新川工場の火災で車体焼失し、高運転台の車体新製により復旧している。

1980年代初頭に全車が特別整備を受け、車内細部の無塗装化、妻窓の埋込みが施された。同時に合成制輪子化されたが、のち鋳鉄制輪子に戻されている。座席モケットの色は5000・5200系やAL車・HL車と同じ変遷を辿り登場当初が紺色、1980年代以降エンジ色だが一部に赤色となった車両もあった。さらに晩年は、座席モケットの紫系化(1200系と同じもの)、前頭内蔵幌の撤去、扉脇のクロスシート1脚ずつのロングシート化、室内照明カバーの撤去と蛍光灯半減(5000・5200系、7300系でも実施)といった変化が見られた。

短編成の機動力と、冷房付クロスシート車という接客設備の良好さ、パノラマカー系列各車との機器互換性などの好条件が重なって、車齢40年に達してもなお第一線で運用されていた。(ただし前面の貫通扉は気密性が悪く、運転席への風流入を防ぐため扉と車体の隙間を内側から布テープで塞いでいた)だが、2000年9月11日の東海豪雨で新川検車区が水没し、ここで被災した5505Fの廃車を皮切りに、翌年から新型車への置き換え対象となり、2005年1月29日のダイヤ改正をもって全車引退となった。全車引退前には2両編成3本のみが残り、4両編成は2002年の300系就役と入れ代わりに消滅している。

廃車後は、登場時の車体塗装に戻っていた5517号の運転台部分がカットされ、舞木検車場に保管されているが、他は解体されている。

復活塗装
全車引退を控えた2003年、残る3編成に対してかつて施されていた「懐かしの塗装」が復活した。編成毎に、5500系の登場当初の塗色であった「赤クリームとチョコレート」(ピンクとマルーン、優等車両塗装)のツートーンを5517Fに、1960年代後半から一時用いられた「ストロークリームに赤帯」(クロスシート車標準塗装)を5513Fに、1970年頃の「SR車(高性能車)」標準塗装である「スカーレットに白帯」を5515Fと、それぞれ各色に塗り分けられた。引退に際しては、特に「さよなら運転」等のイベントの場は設けられなかったが、復活塗装がその代わりと見られている(実際、この3編成で6両編成を組んで走行した際には、事前に名鉄の公式HP上で告知があった)。

編成 [編集]
5500系は4両編成5本と2両編成5本である。

モ5500(Mc1)-モ5550(M2)-モ5550(M1)-モ5500(Mc2)
モ5500(Mc1)-モ5500(Mc2)

その他 [編集]
5500系の第3編成(5505F)に車両番号5555号があり昭和55年5月5日に「ゴーゴー記念」として名古屋本線・犬山線を走行した。

谷汲線全線・竹鼻線一部区間廃止前のイベントとしてリバイバル運転された「谷汲号」と「おちょぼ稲荷号」に5500系も7000系とともに使われていた。

浜千鳥 トーイング オープ ロースト キャリア サード ハワイ国内 ウィフト センシー パック クガイソウ ナイフ 蒼い時刻 ソムリ フレキシ ダーク チリパ ムクゲ ファイヤー フット スピロ フライ アイス ダビング 恋のもだえ マカルー ヒナゲシ かご ロード ヤツデ いまどき いかだし マラヤ ウルナビ プレーヤー パーテ ダイアル ガイドつげ マッチ ジハード スタック ソーダ ビーナス キンシャ トクルフト パテントレ フェオ うみう ジクス フェニキア

2009年03月08日

コーヒー(珈琲,coffee)

コーヒー(珈琲,coffee)は、コーヒー豆(コーヒーノキの種子)を焙煎し挽いた粉末から、湯または水で成分を抽出した飲料のこと。抽出前の粉末や粉砕前の焙煎豆も、同じくコーヒーと呼ばれることもある。

コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料であり、家庭や飲食店、職場などで飲用されている。歴史への登場はアルコールや茶には遅れるが、人類との関わりが最も深い嗜好飲料と言える。 また世界各国で、コーヒーを提供する場の喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ、カフェー)は近代、知識人や文学、美術などさまざまな分野の芸術家の集まる場として、文化的にも大きな役割を果たしてきた。 更に、石油に次いで貿易規模が大きい一次産品であるため、経済上も重要視されている。大体北回帰線と南回帰線の間(コーヒーベルト)の約70箇国で生産され、アメリカ、ヨーロッパ、日本など全世界に輸出されている。カフェインに代表される薬理活性成分を含むことから医学・薬学の面から研究の対象となっている。

「コーヒー」はアラビア語でコーヒーを意味するカフワ (????, Qahwah) が転訛したものである。元々ワインを意味していたカフワの語が、ワインに似た覚醒作用のあるコーヒーに充てられたのがその語源である。一説にはエチオピアにあったコーヒーの産地カッファ (Kaffa) がアラビア語に取り入れられたものともいう。

この語がコーヒーの伝播に伴って、トルコ(トルコ語 kahve)、イタリア(イタリア語 caffè)を経由し、ヨーロッパ(フランス語: café、ドイツ語: Kaffee、英語: coffee)から世界各地に広まった。日本語の「コーヒー」は、江戸時代にオランダからもたらされた際の、オランダ語の"koffie"の音(コーフィー[1])に由来する。

漢字による当て字である「珈琲」は、宇田川榕菴が考案したものと言われる。これ以外にも、「可否」(可否茶館)、「カウヒイ」(大田南畝『瓊浦又綴(けいほゆうてつ)』)、「哥非乙」(宇田川榕菴『哥非乙説』)[2]などの表記も過去には用いられた。

コーヒーノキはアカネ科の常緑樹で、エチオピアのアビシニア高原が原産地である。熱帯地方でよく生育し、成木は約3 〜 3.5mの高さになる。厳しい剪定に耐えることができるが、冬霜がつくと成長することができない。雨季と乾季があるところが理想で、高地で最も成長する。

コーヒーノキは樹齢3-5年後から約50-60の間花を咲かせ実をつける。白い花は色と匂いがジャスミンに似ている。果実はコーヒーチェリーと呼ばれ、通常赤または紫の核果であるが、品種によっては黄色の実をつけるものもある。果肉にも若干のカフェインが含まれており食用に供される場合がある。果実が成熟するまでには約9ヶ月かかる。

果実の中には2粒の種子が向かい合わせに入っており、一般にコーヒー豆と呼ばれるものは、実そのものではなく種子の部分である。枝の先端に付く実には1粒だけ丸い種子を含むものがありピーベリーと呼ばれる。特にピーベリーのみを集めたものには、稀少価値から高価で取引されることもある。
ネオクラ スタンド タックイン グッピー べにま おおつち シモツ タンリム スカッシュ シャイ ネオコン マンハント タロ芋 ダスド チューハイ トーナル けまり ミトン ヒュミント よめな ブレンド ベローズ マラン バッジ ブラック クロチ 街道の扉 フィック ピステ トライ ボーイ カキド ルイベ フルオート プロタミン シャント ロジック ビバーク ワルフ カレンシー ション イワヒバ ファーコ ネメシス ネオカ 影の館 グリー ボンボン ヒーター ドゥー炉

種と栽培品種
コーヒーノキ属の植物のうち、アラビカ種 (Coffea arabica) とロブスタ種 (カネフォーラ種、 C. canephora ) が産業的に栽培されている。世界で栽培されているコーヒーの75-80%はアラビカ種、約20%がロブスタ種である。以前はこの二種にリベリカ種 (C. liberica) を足してコーヒーの3原種と呼んでいたが、リベリカ種は病害に弱く品質面でも劣るため、全生産量の1%未満にすぎない。

栽培地ごとに移入された年代や経路が異なることと、栽培の過程で変異種の発見と品種改良が行われたことにより、栽培のための品種(栽培品種)が200種類以上存在している。品種改良は特にアラビカ種で進んでおり、ブラジルとコロンビアでさかんに行われている。

従来はティピカとブルボンがアラビカ種の2大品種と呼ばれ、それぞれコロンビアとブラジルで主力品種であった。しかし、品種改良によって、収量が多く病虫害に強い品種に置き換えられてきた。その結果、コロンビアではカトゥーラとバリエダ・コロンビアが、ブラジルではカトゥーラ、カトゥアイ、ムンド・ノーボが主力品種になっている。

一方、風味の点で言えばこれらの新しい品種よりも以前のティピカやブルボンの方が優れていたと主張する人も多い。このため、これらの生産量は少ない古い品種を高価値のコーヒーとして取引する動きが出てきている。この動きは、生産地の貧困問題を解決するためのフェアトレード運動とも連動している。

2009年02月20日

星のカービィシリーズの登場キャラクター一覧

星のカービィシリーズの登場キャラクター一覧では、任天堂のコンピュータゲーム「星のカービィシリーズ」に登場するキャラクターについて説明する。
どうぼう みんな一緒 バドガエル タッフバグ パノラマ リージング おぜいゆ野 しうり ヘチマ フジ情報 ブラッド スパーリ キーマン ミール モグタ ピテクス レンギ わっかない ローファー ハード ミネソタ レニン グルユース タリン オクラ ドライスキ ミネル シーケー チェリスト ミカン リーブ アフリカ じょべーぜ ガジェット ラブロマ ボール バジェ ヌーディズ スコタイ チャイナス タイプミス みねばり フランク タンジ ピメント プロフェッ ミント タイル 月曜日 ノルレボ

キャラクターは多くの種類が存在し、味方であるカービィの仲間や、敵キャラクターなどがいる。敵キャラクターにはカービィが吸い込んで能力をコピーできるものとできないものがおり、できないものは「スカキャラ」という。また、ステージの途中で出てくる大きめの敵は「中ボス」、レベル(ステージ)の最後に出てくるのが「大ボス」、ゲームの最後に出てくるものが「ラストボス」となっている。

中ボスは通常のままでは吸い込む事ができず、大ボス以降は吸い込みは不可能。敵キャラクターのコピー能力は作品によって異なる。また、ザコ敵でもがんばり吸い込みを駆使しないと吸い込めないもの、吸い込むことができずコピー能力や空気弾等でないと倒せないもの、無敵なものなどがいる。

地上・空中にいる多くの敵キャラクターは、水に入ると消滅してしまう。水中にのみ現れる敵キャラクターや、水陸両方で活動できる敵キャラクターも存在する。

カービィ
星のカービィシリーズの主人公。マリオやリンクと比較すると、初心者向きで使いやすい。
デデデ大王
プププランドの「自称」大王。初代『星のカービィ』のラストボス。 
『星のカービィ 鏡の大迷宮』を除き、星のカービィシリーズの全てに何らかの形で登場している。多くの作品では大ボスとして、『64』では一時的にカービィの仲間として登場する。
メタナイト
仮面の騎士。『星のカービィ 夢の泉の物語』の大ボス。その後の作品でも大ボスとして登場している。
騎士道精神を持ちあわせており、カービィに剣を渡してから戦いを挑む。負けたあとに仮面が割れて、一瞬だけ素顔を見せる。
カービィの仲間たち
『星のカービィ2』『3』『64』において、カービィをサポートするキャラクター。作品によってキャラクターが異なる。
主な仲間は、リック、クー、カイン。他には、グーイ、チャオ、ナゴ、チュチュ、ピッチ、リボン、アドレーヌ、ワドルディ、デデデ大王がいる。

通常の敵キャラクター

星のカービィ
作品の詳細は『星のカービィ』を参照。

ワドルディ
スカキャラで最もポピュラーな敵キャラクター。体型はカービィと同じで丸く、体色が赤で顔部分が肌色と足が橙色。普通はスカだが、このキャラがパラソルを持っているときに吸い込めば「パラソル」の能力をコピーできる。2008年現在、シリーズ皆勤賞である。
本人にはあまり敵意はなく、『64』では仲間になる。
ワポッドやミニーなど、亜種と思われるキャラクターも多い。
ワドルドゥ
ビームの能力を持つ一つ目の敵キャラクター。体格や体色はワドルディとほぼ同じ。基本的に「ビーム」をコピーできるが、ワドルディ同様パラソルを持っている場合は「パラソル」をコピーできる。
キャピィ(『星のカービィ3』ではキャピー)
埴輪のような体型で、足は無いが体をくねくね動かしながら歩く。ゲームではワドルディに並ぶくらい弱く、カービィが吸い込んでも何の能力も得ない「スカキャラ」である。中には外見がキノコのようなものもあり、これを吸い込みで倒すには、2回吸わなければならない(1回目はキノコの傘部分を吸い込み、2回目で本体部分を吸い込む)。ワドルディと違って武器を使うものはいない。
アニメ『星のカービィ』では、ププビレッジの住人のほとんどが「キャピィ族」で、様々な姿のキャピィが住んでいる。ゲームよりも身長が高く設定されており、服を着ているものが多い(着ていないものも一部いる)。アニメでのキャピィに関しては、星のカービィ (アニメ)の登場キャラクター及び用語の一覧を参照。
スカーフィ
体型は丸く、小さな耳が付いていて、体色は橙色である。宙に浮いている。普段は穏やかな笑顔であるが、吸い込もうとすると一つ目になり、鬼のような形相で怒り襲いかかってくる。最終的には自爆する。一部のものは背を見せるだけで襲ってくる。
基本的に吸い込めないが、『スーパーデラックス』では「コピー」という能力でコピーすることができ、このとき「クラッシュ」のコピー能力が得られる。また、特殊な方法で吸い込むことによって、「クラッシュ」をコピーすることもできる。
ブロントバート
ほぼ全ての作品に登場している敵キャラクター。スカキャラ。体型は丸く、体色はピンクで、羽が四枚付いており、特徴的な太い眉毛を持つ。手は無いが、足はある。その場に浮遊しているものや、規則的に動いているもの、カービィを追いかけてくるもの、近づかなければ飛ばないものなど、動きのパターンは様々。速度はバラバラで、遅いものも速いものもいる。登場作品やイラストごとに、体の色や眉毛の具合が多少異なる。「ブロントバード」と誤記されやすい。
『64』では、リフトアップすると放物線を描くように空を飛ぶ。一度吸い込みリフトアップするとまた飛べるようになる。
ブルームハッター
魔法使いの帽子を被り、箒を持っている魔法使いのような雑魚キャラクター。地面を箒で掃きながら移動している。
ほとんどの登場作品ではコピーが出来ない「スカ」だが、『3』では「クリーン」をコピーすることができる。また、『カービィのエアライド』では、箒に跨ってコース上を飛んでいる。
ブリッパー
ゴーグルをした魚。水中にいると近寄ってくる。海上では下から跳ね上がり、進路を邪魔してくる。スカキャラ。
グランク
イソギンチャク。頭から弾を発射してカービィの行く手を阻む。スカキャラ。
ツイジー
ステージ上を飛ぶひよこのような姿の敵キャラクター。スカキャラ。
シャッツォ
作品によっては「シャッツオ」とも書かれる。ラテン文字表記は「Shotzo」。
外見が大砲で、砲弾を発射して攻撃する。敵キャラクターというよりは障害物の一種といえる。攻撃パターンは、遅めの弾を撃ってくるが砲塔を回転させることでカービィを狙ってきたり、砲塔は動かないが高速の弾を3連続で撃ったりするのが主。
基本的に無敵だが、ブロックを壊したり仕掛けを作動することで下へ落としたり、穴へはまらせたりすることで攻撃を回避することができる。コピー「マイク」で倒すことが可能。また『星のカービィ』のみだが、無敵状態であたり続けることで倒すことも可能。他に『参上! ドロッチェ団』では「マジック」のコピー能力でアイテムに変化させることが可能。
亜種として、移動可能のモトシャッツォ、パラソルにぶら下がったパラソルシャッツォ、火炎放射を浴びせるフレイムシャッツォなどが存在する。ほとんどのシャッツォの亜種は無敵だが、モトシャッツォは例外的に無敵ではないため倒す事ができる。
ゴルドー
ウニのような外見の敵キャラクターで、倒せない。こちらも敵キャラクターというより障害物の一種といえる。その場に停止していたり一定空間を移動したりするがゴルドー自身は攻撃しない。他にブレドーという亜種がおり、そちらも無敵。シリーズ皆勤賞であり、それだけでなく他の任天堂ゲームにゲスト出演したことがある。
ポピーブロスJr.
場所によってさまざまな種類がいる。武器を何も持っていない場合はスカキャラ、爆弾で攻撃する場合は「ボム」、カッターを飛ばして攻撃する場合は「カッター」をコピーできる。『スーパーデラックス』では「ボム」のヘルパーとしても登場。
トゥーフェイス
お面の姿をした敵キャラクター。最初は背景と同化しているがカービィが接近すると本性を表し襲いかかって来る。
カブー
モアイのような顔の敵キャラクター。スカキャラ。行動方法は、すべって体当たりする、飛び跳ねる、ワープ(テレポーテーション)して攻撃するなど。
カブーの亜種として、『カービィのピンボール』ではカブーよりサイズが一回り大きいビッグカブーが、『3』『コロコロカービィ』ではカブーの巨大版であるデカブーが登場する。
コナー
ヤドカリ。殻にこもっている間は吸い込みが効かない。他のザコキャラと違い、水中でも活動できる。スカキャラ。
サーキブル
金色の兜のような姿で、カッターを投げてくる。「カッター」をコピーできる。
亜種としてロードキブルという敵が存在する。
スクイッシー
イカのような敵キャラクター。主に水中で現れる。スカキャラ。
マンビーズ
球に包帯を巻いたような敵キャラクター。『64』では背を向けるとテレサよろしく追いかけてくる。吸い込めない。
ブーラー
お化けのような敵キャラクター。カービィに向かって猛突進してくる。
ディジー
カービィに角がはえたようなキャラクター。ロケットのように飛んでくる。
チャッキー
?マークのついたブロックから突然顔を出す敵キャラクター。
クークラー
鬼の面のような姿をした敵キャラクターで、同じ場所をグルグルと回っている。
フラッパー
コウモリのような敵キャラクター。カービィが近づくと体当たりしてくる。
ウィザー
二枚貝のような敵キャラクター。ビームを放ってくる。動くことはないが、殻にこもっている間は吸い込むことができない。
パフィ
サングラスをかけた、雲のような敵キャラクター。弾を撃ってくるものも現れることがある。
グリゾー
猫と熊の中間のような敵キャラクター。大型なキャラであるが、吸い込むことができる。『スーパーデラックス』『ウルトラスーパーデラックス』にも登場するが雑魚の中ではタフな部類に入る。スカキャラ。
パラソルワドルディ
パラソルを装備したワドルディで吸い込むと、パラソルをコピーできる。
パラソルワドルドゥ
上と同様に、吸い込むとパラソルをコピーできる。
パラソルシャッツオ
シャッツオが装備している傘をコピーすることはできるが、本体は吸い込むことはできない。

エキストラモード
フロッツォ
スクイッシーの亜種。タコのような姿をしている。若干移動スピードが速めである。『ウルトラスーパーデラックス』のゲームの一つ「大王の逆襲」にもスクイッシーの代役として登場。
グランプルス
カブーの亜種。突然現れたかと思うと、ものすごいスピードでカービィに突進してくる。壁穴にいる者は壁をすり抜けて襲ってくる。『ウルトラスーパーデラックス』のゲームの一つ「大王の逆襲」にもカブーの代役として登場する。
クーザー
ブロントバートの亜種。ハチドリのような姿のキャラクター。ブロントバートを強化させたもので、非常に俊敏。動きが不規則でカービィに素早くぶつかってくる上、ぶつかるとバイタリティ2個分の大ダメージを受ける。『ウルトラスーパーデラックス』の「大王の逆襲」にもブロントバートの代役として登場。
ブーマー
ブーメランを連続で投げつける敵キャラクター。ポピーブロスJr.の亜種。
ブロッパー
キャピィの亜種。ケーキの中に隠れており、生クリームをまき散らして攻撃してくる。ケーキを吸い込むとグミのような本体が残る。
ブラッチー
シャッツォの亜種。弾を高速で撃ち出してくるうえ、それを休む暇もなく連続で放ってくる。『ウルトラスーパーデラックス』の「大王の逆襲」にもシャッツォの代替として登場。
Mr.ビー・アンプキン
トゥーフェイスの亜種。顔がハロウィンのカボチャ風になっている。
スカラー
マンビーズの亜種。頭蓋骨の姿をしている。吸い込めない。エッガーランドのスカルがモデルと考えられる。
トゥーキー
ツイジーの亜種。ステージ上を飛ぶニワトリのような姿の敵キャラクター。スカキャラ。
ギャスパー
ブーラーの亜種。猛突進をしてくるまでの時間がブーラーより短い。
ベニー
ディジーの亜種。てるてる坊主のような姿をしている。
ハーリー
チャッキーの亜種。何度も顔を飛び出してくる。
ウィスカース
クークラーの亜種。猫の顔のような姿をしている。移動スピードが速くなっている。
カウカン
パフィの亜種。ペリカンのような姿をしている。『ウルトラスーパーデラックス』のゲームの一つ「大王の逆襲」にも登場するが、こちらはトゥーキーの代役として登場する。
ピーザー
ウィザーの亜種。カニのような姿をしている。高速のビームを連発してくる。

星のカービィ 夢の泉の物語
作品の詳細は『星のカービィ 夢の泉の物語』を参照。

バウンダー
人型のスカキャラで、星を投げて攻撃してくる。壁を登る能力がある。
後のリメイク版『夢の泉デラックス』や『ウルトラスーパーデラックス』では、ギップというキャラクターに差し替えられたが、『ウルトラスーパーデラックス』では、過去のドット絵を流用している「かちわりメガトンパンチ」において、観客の中に彼の姿を確認することができる。
スリッピー
黄金色のカエルのような容姿。陸上では跳ね、水面では左右に泳いでいる。水面より上にいると飛び跳ねてくる。
他にシースリッピーという亜種がいる。
チリー
「アイス」または「フリーズ」をコピーできる敵キャラクター。雪だるまの形をしている。
ペンギー
ペンギンのような姿をした敵キャラクター。地面の上を滑って移動し、口から氷の息を吐いてカービィを凍らせる。
マスターペンギーという名の亜種がいる。どちらも「アイス」をコピーできる。
ロッキー
石の姿をしていて、「ストーン」をコピーできる。作品によって、鉢巻をつけている時とそうでない時がある。
スパイニー
トゲの生えた甲羅を被った敵キャラクターだが、亀ではない。カービィが近づくとトゲを伸ばして身を守る。「ニードル」をコピーできる。
後のリメイク版ではニードラスに差し替えられた。
スパーキー
「スパーク」をコピーできる敵キャラクター。緑色の体をしている。体を放電させる。
後の作品では、主に黄色のものもいる。また、昔の公式絵と今の公式絵は変更されている。
ソードナイト
剣で攻撃してくる敵キャラクター。「ソード」をコピーできる。
同類のキャラクターであるブレイドナイトよりも出る作品は多い。『ウルトラスーパーデラックス』の「メタナイトでゴーDX」では、メタナイトのヘルパーをつとめる。「ヘルパーマスターへの道」では、ブレイドナイトとの差別化のためか、通常のソードの技に加えて上突きも使うことができる。
ブレイドナイト
剣で攻撃してくる敵キャラクター。「ソード」をコピーできる。
同類のキャラクターであるソードナイトより出る作品は少ないが、『スーパーデラックス』ではヘルパーをつとめる。更に、『ウルトラスーパーデラックス』の「メタナイトでゴーDX」でも、ソードナイトと同様にメタナイトのヘルパーをつとめる。
登場当初は「ブレードナイト」という名前だったが、アニメ版以降、現在の「ブレイドナイト」という名前になった。
レーザーボール
空中を浮遊しカービィにレーザーを放つ、オレンジ色の球体の敵キャラクター。「レーザー」または「ビーム」をコピーできる。
バブルス
青いボールに顔がついたような可愛い敵キャラクター。「ボール」をコピーできる。
リメイク版ではサブゲーム「爆裂ボンバーラリー」にて、脱落した対戦相手の代理CPUとしても登場。打ち負かす事は絶対に不可能。
クールスプーク
てるてる坊主のような怪物。「ライト」をコピーできる。
ユーフォー
その名通り、UFO(アダムスキー型)の姿の敵キャラクター。カービィの周りを高速で移動し、レーザーを放つ。レアな能力の「UFO」をコピーできる。
スターマン
ヒトデがマントを着たような敵キャラクター。「ハイジャンプ」をコピーできる。
ノディ
ナイトキャップのようなものを被っている敵キャラクター。吸い込むと「スリープ」をコピーしてしまう。
ボンバー
ドクロのマークがついた爆弾のような形をした敵キャラクター。ゆっくり前進するが段差から落ちた衝撃で爆発し、近くにいるとダメージ。
「クラッシュ」をコピーできる。
ツイスター
体を回転させて攻撃してくる敵キャラクター。回転中は吸い込み以外の攻撃が効かない。「トルネイド」をコピーできる。
ウィリー
タイヤの形をした敵キャラクター。「ホイール」をコピーできる。
『エアライド』ではレックスウィリー、ウィリ―スクーターという亜種が存在する。
フレイマー
普段は壁をつたって移動するがカービィが接近すると炎をまとって突進する。
「バーニング」または「ファイア」をコピーできる。

カービィのピンボール
作品の詳細は『カービィのピンボール』を参照。

クラウディ
3回ぶつけると機嫌が悪くなり雨を降らす。
シャワー
ぶつかるとアイテムを出す。

カービィボウル
作品の詳細は『カービィボウル』を参照。

アンプキン
コース上におり、空中に浮いているザコキャラ。当てると倒すことができる。Mr.ビー・アンプキンとの関連性は不明。
チェンジャー
たくさんの能力を所持したスロット。当たると回転し、止めたときに表示されたものがもらえる。

2009年02月04日

弘前藩(ひろさきはん)

弘前藩(ひろさきはん)は、陸奥国津軽郡(現在の青森県弘前市周辺)にあった藩である。津軽藩(つがるはん)ともよばれるが、あくまでも通称である。藩主は津軽氏で、家格は柳間詰め外様大名、幕末に家格向上して大広間詰めもある国主に準ずる扱いを受けた。藩庁は弘前城に置いた。
ランド ドトラスト ジャム ガザニア マンホー ヒナガ ピンワ サテン ナスダック マクロ フォト ソンロ フラノ ロゴン もせう リアージ トポグ ロフィー ガスタン ぜんだな イコール ミサ全国 ジャンプ ハロー ロスジ ウィジ おおつち リヨン ビスタ ドッグ フォーカス トトカル トギザ ダリ タオル ッドカード ドーピ ダブル ライオ モブログ スノー くしろ エンド スノース バヌアツ ビラリー バスルガ チュリエ テーマソン リンド

津軽氏は、元は大浦氏を称した。大浦氏は三戸氏や大光寺氏と同様に南部氏の一族であったが、近世初頭における南部氏内部の同族争い時に他の南部氏の豪族を滅ぼして勢力を広げた。その後、豊臣秀吉の小田原攻めに参陣して大名の地位を公認されている。関ヶ原の戦いで徳川家康に味方し、以後江戸時代を通じて津軽地方一帯を治めた。

弘前藩の石高は、4万7000石を公認されていたが、9代寧親の代の文化年間に高直しがあり文化5年(1808年)に10万石となった。これに伴い従四位下昇進と大広間詰めが認められ、準国持ち大名に列することになった。この家格向上は蝦夷地警護役を引き受けることに対してなされたものであり、実際の加増を伴わないため藩の負担増ばかりを招いた。またこの家格向上により、対立関係にあった盛岡藩主南部利用より寧親が上座となり、これに対する屈辱から南部藩士の下斗米秀之進が寧親の暗殺を計画した相馬大作事件が引き起こされた。

居城
弘前城 青森県弘前市下白銀町(慶長年間築城)

お家騒動
津軽騒動
慶長12年(1607年)初代藩主為信の死後、為信の三男信枚と長男信建の遺児・熊千代が藩主相続を争った騒動。

熊千代を擁立したのは信建側近で信建・信枚の妹婿である津軽建広(旧姓大河内氏)で、彼は幕府に対し熊千代の藩主相続を訴え本多正信に訴状を提出した。訴状は正信に受け入れられ熊千代の相続が決定するかと思われたが、安藤直次がこれに反対した。

結局直次の主張が容れられ、慶長14年(1609年)に幕府から信枚の藩主相続を認められた。それを受け、信枚は熊千代派の粛清を行い、金主水野信則は自刃、津軽建広らは大光寺城に立て籠もったが、高坂蔵人の活躍よって落城した。また、村市館では、熊千代の母方の祖父一戸兵庫之助が、松野大学信安と激闘を繰り広げた。

後、熊千代は肥後の加藤氏に仕えたが病弱のため辞し、信枚から合力金を受けて江戸に住し若くして死去したと言われている。津軽建広は津軽追放を命じられ、江戸城に医師として仕えた。追放後も津軽姓を名乗り続け、『寛政重修諸家譜』にも弘前津軽氏、黒石津軽氏とともに記載されている。

高坂蔵人の乱
慶長17年(1612年)に2代藩主津軽信枚と津軽騒動で信枚側につき活躍した、重臣高坂蔵人が1人の児小姓を奪い合った騒動。

騒動の発端は慶長17年2月27日津軽信枚のお気に入りの児小姓八木橋専太郎を高坂蔵人が久里九兵衛の屋敷に招き、幾度もの命令にも関わらず八木橋専太郎を帰さなっかたため、八木橋専太郎を弘前城に呼びつけ殺した。そして、3月3日久里九兵衛の屋敷を攻め立て、久里九兵衛は寺に逃げ込み切腹して果てた。さらに、高坂蔵人の南部藩への脱藩計画も発覚、その翌日弘前城に挨拶に来た高坂蔵人を竹森六之助、東海吉兵衛、服部孫助、兼平源助が殺した。その知らせを聞き、屋敷を取り囲まれた高坂蔵人の家来たちは、屋敷に火をつけ、下町馬屋町の戸田茂兵衛の屋敷へ逃げ込み、鉄砲を弘前城に撃ち込んだため、またも屋敷を取り囲まれ、激しい斬りあいの末一人残らず討ち取られた。高坂蔵人の母・同士、連判の士80名余りの家族・親類・縁者が斬罪になり、逃亡する家臣も多数出たため、弘前藩の家臣数が半分にまで減ったといわれている。

船橋騒動
寛永11年(1634年)、3代藩主信義の時に起こったお家騒動。

背景
2代藩主信枚の側室・辰姫は藩の飛び領地上野国大舘で暮らしており、3代藩主となる信義も大舘で産まれ育った。その時乳母となったのが旧宇喜多秀家家臣・船橋半左衛門の妻である。

元和9年(1623年)に辰姫が死去したため信義は江戸弘前藩邸に引き取られ、信枚の死後寛永8年(1631年)に13歳で藩主となった。それに伴い信義が幼少の頃から近侍していた船橋半左衛門親子の権力がにわかに強力となる。藩内では元々古参の譜代家臣と新参者の家臣の間に対立が生じており、これを契機に新参家臣らが船橋半左衛門に集まって対立は決定的となった。

騒動と幕府による裁定
寛永11年(1634年)7月、信義は3代将軍徳川家光の上洛に同行、翌月江戸藩邸に帰りつく。この時譜代派の家臣が江戸の町家に立て篭もり「船橋半左衛門らの放逐」を藩に求めた。藩は説得にあたったが失敗、結局幕府が介入し藩主信義、船橋派の代表、譜代派の代表らを喚問して騒動解決をはかった。

裁定が下ったのは2年後の寛永13年(1636年)、信義は若年であり態度も神妙であることからお咎めなし、喧嘩両成敗として譜代派中心人物は長門の毛利家、船橋半左衛門親子らは伊予の松平家にお預けとなった。

正保の騒動
正保4年(1647年)、3代藩主信義を強制隠居・嫡子信政を廃嫡させ、信義の異母弟で幕府旗本の信英を藩主に擁立しようとする主君押込の企てがあった。計画段階で信義へ密告があり大きな騒動となる前に防がれている。異母弟や妹婿も処罰したが、信英については関与が明らかでない・すでに旗本の身分であった・信義自身が信英に好意的であったことからなんらお咎めは無かった。

企ての背景には複数の要因があり、そのうち主なものは以下のとおり。

信義は藩政に功績がある反面酒乱であったといわれ女性関係にも問題があった。それら不行跡が幕府の目に留まり藩が処罰されることを恐れた。
信英は幕府に小姓として召し出されてから旗本へと出世し文武ともに秀で優秀であった。
船橋騒動(前述)後から信義は積極的に藩政を指示し藩主権力の強化に努め、それに既得権益を失いたくない一派が反発した。
信義は長男だが母は側室の辰姫であり石田三成の孫にあたる。それに対し信英は次男ではあるが母は正室の満天姫であり徳川家康の義理の孫である。そのため幕府の感情への配慮、また幕府に阿るため、先代信枚の頃から信英を擁立したい一派が存在していた。

歴代藩主
津軽(つがる)家
外様 47,000石→46,000石→70,000石→100,000石

初代  為信(ためのぶ)〔従五位下、右京大夫〕( - 1607年)
二代  信枚(又は「信牧」 のぶひら)〔従五位下、越中守〕(1607年 - 1631年)
三代  信義(のぶよし)〔従五位下、土佐守〕(1631年 - 1655年)
四代  信政(のぶまさ)〔従五位下、越中守〕(1656年 - 1679年)
五代  信寿(のぶひさ)〔従五位下、土佐守〕(1679年 - 1731年)1千石収公により46,000石
六代  信著(のぶあき)〔従五位下、出羽守〕(1731年 - 1744年)
七代  信寧(のぶやす)〔従五位下、越中守〕(1744年 - 1784年)
八代  信明(のぶはる、のぶあきら)〔従五位下、土佐守〕(1784年 - 1791年)
九代  寧親(やすちか)〔従五位下、土佐守〕(1791年 - 1820年)蝦夷警護により70,000石→高直しにより100,000石
十代  信順(のぶゆき)〔従四位下、出羽守・侍従〕(1820年 - 1839年)
十一代 順承(ゆきつぐ)〔従四位下、左近将監〕(1839年 - 1859年)
十二代 承昭(つぐあきら)〔従四位下、土佐守・左近衛権少将・侍従 藩知事 贈・従一位〕(1859年 - 1869年)

家老
大道寺隼人家(1000?1500石前後・藩主一門)
大道寺直英 = 直秀(婿養子。藩主信枚義弟)=為久(婿養子。信枚七男)?維新後まで存続、子孫は県会議長

支藩
黒石藩
弘前藩の支藩に、陸奥国津軽郡黒石(現:青森県黒石市)に置かれた黒石藩(くろいしはん)がある。黒石藩は本家4代藩主信政が藩主就任時幼少だったため、幕府の指示により叔父の信英(3代藩主・信義の弟)を本藩の後見人とすべく、明暦2年(1656年)信政が本藩を継ぐと同時に弘前藩より5,000石を分知されたのに始まる。旗本黒石八代目となる親足の代に至り、文化6年(1809年)弘前本藩より更に6,000石の分与があり、1万石の外様大名として柳間に列した。居城は黒石陣屋(黒石城)。

信英は分知の際、賀田・猿賀・青森を希望したが叶えられず、津軽家の為信時代の拠点の一つ、黒石に配されたと伝わる。5000石の内訳は、黒石周辺2000石、平内周辺(現青森県東津軽郡平内町)1000石、弘前藩の飛び領地上野国大舘(現群馬県尾島町)一帯2000石。

歴代当主
津軽(つがる)家
交代寄合 5000石→4000石

初代 信英(のぶふさ)(1656年 - 1662年)
二代 信敏(のぶとし)(1663年 - 1683年)弟津軽信純に1000石分与。
三代 政兕(まさたけ)〔正六位下、釆女正〕(1683年 - 1743年)交代寄合から外されると伝わる。
四代 寿世(ひさよ)(1743年 - 1758年)本家4代藩主信政の五男。婿養子。
五代 著高(あきたか)(1758年 - 1778年)
六代 寧親(やすちか)〔従五位下、土佐守〕(1778年 - 1791年)弘前藩9代藩主となる。
七代 典暁(つねとし)(1791年 - 1805年)
八代 親足(ちかたり)(1805年 - 1809年)

歴代藩主
津軽(つがる)家
外様 10,000石

初代 親足(ちかたり)〔従五位下、甲斐守〕(1809年 - 1825年)上総久留里藩黒田直亨の四男
二代 順徳(ゆきのり)〔従五位下、左近将監〕(1825年 - 1839年)弘前藩11代藩主を相続し、津軽順承と改名。 三河吉田藩松平信明の三男。
三代 承保(つぐやす)〔従五位下、出雲守〕(1839年 - 1851年)津軽親足の二男。
四代 承叙(つぐみち)〔従五位下、式部少輔 贈・正三位〕(1851年 - 1869年)弘前本藩一門、津軽順朝の二男

略年表
1590年(天正18年) - 年末、為信上洛。翌1月にかけて3万石を安堵。
1594年(文禄3年) - 大浦城から堀越城に移り、城下町を形成。
1600年(慶長5年) - 関ヶ原に為信出陣。留守中、板垣・尾崎・多田の三将が謀反し、堀越城を占拠。戦後、4万5000石安堵、2000石加増。
1603年(慶長8年) - 高岡に町割りを実施。
1609年(慶長14年) - 2代藩主信枚の津軽仕置が認められる。
1610年(慶長15年) - 高岡に築城を開始。
1611年(慶長16年) - 高岡城ほぼ完成。寺社、家臣、工商民が高岡へ移転。
1612年(慶長17年) - 高坂蔵人の乱
1615年(元和元年) - 長勝寺構が形成。寺社、城下に移転。
1625年(寛永2年) - 津軽から江戸への廻船運航許可。
1626年(寛永3年) - 信枚、青森の町づくりを命じる。
1627年(寛永4年) - 高岡城天守が落雷で焼失。
1628年(寛永5年) - 高岡を弘前と改称。
1636年(寛永13年) - 船橋騒動。
1647年(正保4年) - 正保騒動。
1649年(慶安2年) - 寺町大火。翌年、新寺町できる。
1657年(明暦3年) - 黒石津軽領が成立。
1661年(寛文元年) - 信政初めて入国、弘前藩庁日記の記録始まる。御家中法度などを発布。
1664年(寛文4年) - 4万7000石安堵。鰺ヶ沢などに「御蔵」を建設。植林に乗り出す。
1665年(寛文5年) - 参勤道を大間越口から碇ヶ関口に変更。
1669年(寛文9年) - シャクシャインの戦い。藩兵を松前に派遣。
1671年(寛文11年)- 信政、吉川惟足に入門し、神道を学ぶ。
1672年(寛文12年) - 大阪への城米廻漕を開始。
1684年(貞享元年) - 貞享検地。領内検地高、26万1831石。
1689年(元禄3年) - 黒石津軽家の分家に跡継ぎがなく、1000石を収公されて4万6000石となる。
1689年(元禄3年) - 野元道玄を招き、桑の栽培、蚕の飼育、製糸・染織を指導。
1712年(正徳2年) - 高照霊社、創建。
1731年(享保16年) - 『津軽一統志』完成。
1753年(宝暦3年) - 乳井貢を登用、宝暦改革はじまる。
1805年(文化2年) - 蝦夷地警備の勤功により、7万石に高直り。
1807年(文化4年) - 津軽藩士殉難事件。
1808年(文化5年) - 10万石に昇格。
1809年(文化6年) - 支藩・黒石藩成立
1811年(文化8年) - 現天守閣完成。
1821年(文政4年) - 相馬大作事件。
1848年(嘉永元年) - 平舘に砲台を築く。
1868年(明治元年) - 野辺地戦争。
1871年(明治4年) - 廃藩置県。

2009年01月21日

当身技(あてみわざ)

当身技とは、突く、打つ、蹴るなどの技であり、試合や乱取りでは禁止されているが、形の中で用いられる。

起源

当身を重視した天神真楊流から、急所や活法が伝えられている。起倒流にも当身(中)の要訣の伝承があるが、講道館にどこまで伝えられたかは不明である。

用いる部位

手刀、正拳、裏拳、渦巻(豊隆部)、掌底、肘、膝、ショ頭部、踵、足刀。

急所

天倒、霞、鳥兎、獨鈷、人中、三日月、松風、村雨、秘中、タン中、水月、雁下、明星、月影、電、稲妻、臍下丹田、金的(釣鐘)、肘詰、伏兎、向骨。

精力善用国民体育の形に単独練習法がある。

当身技は形の中で教授されるが、現在では昇級・昇段審査においても行われる事が稀である為、柔道修行者でもその存在を知らない事も多く、また指導者も少ないのが現実である。

固技
固技(かためわざ)には関節技、絞技、抑込技がある。

主に寝技で用いることが多いが、立ち姿勢や膝を突いた姿勢でも用いられ、固技のすべてが寝技の範疇に入るわけではない。この両者は互いに重なり合う部分が大きいと言える。

分類 講道館柔道の固技は全部で29本あり、抑込技(おさえこみわざ)7本、絞技(しめわざ)12本、関節技(かんせつわざ)10本である。IJFルールでは一部異なる。

抑込技(7本)

相手の体を仰向けに抑える技。

肩固(かたがため)
袈裟固(けさがため)
崩袈裟固(くずれけさがため)
崩上四方固(くずれかみしほうかため)
上四方固(かみしほうかため)
縦四方固(たてしほうかため)
横四方固(よこしほうかため)
絞技(12本)

頚動脈か気管を絞める。

逆十字絞(ぎゃくじゅうじじめ)
裸絞(はだかじめ)
片羽絞(かたはじめ)
片十字絞(かたじゅうじじめ)
片手絞(かたてじめ)
並十字絞(なみじゅうじじめ)
送襟絞(おくりえりじめ)
両手絞(りょうてじめ)
袖車絞(そでぐるまじめ)
突込絞(つっこみじめ)
三角絞(さんかくじめ)
胴絞(どうじめ)※現在のルールでは反則である。
節技(10本)

関節を痛めさせる技。

腕挫脚固(うでひしぎあしがため)
腕挫腹固(うでひしぎはらがため)
腕挫膝固(うでひしぎひざがため)
腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがため)
腕挫三角固(うでひしぎさんかくがため)
腕挫手固(うでひしぎてがため)
腕挫腋固(うでひしぎわきがため)
腕挫腕固(うでひしぎうでがため)
腕緘(うでがらみ)
足緘(あしがらみ)※現在のルールでは反則である。
上記以外の技

後袈裟固(うしろけさがため)IJFルール
浮固(うきがため)IJFルール。ただし、明治時代の技とは異なる。
枕袈裟固 俗称(崩袈裟固に含める)
首挫 削除。明治時代に存在した。
小手挫 明治時代に存在し、削除されたが、講道館護身術に再採用された。
足挫 削除。明治時代に存在した。
足詰 削除。明治時代に存在した。

投技
投技とは相手の背中を着けるように投げることである。また、関節を極めながら投げると反則ではないが投技とはみなされない。詳しくは投技を参照。

段級位制
柔道では、段級位制を採用している。これは、数字の大きい級位から始まり、上達につれて数字の小さな級位となり、初段の上はまた数字の大きな段位になってゆくものである。

段位制は囲碁、将棋において古くから行われていたが、それを最初に武道に導入したのは、嘉納治五郎の講道館柔道である。その後、大日本武徳会が、警視庁で導入されていた級位制を段位制と組み合わせて段級位制とし、柔道・剣道・弓道に導入した。

初段が黒帯というのは広く知られており、クロオビは英語圏でも通用する単語となっている。元々、柔道の帯は洗濯しないのが基本であり、稽古の年月を重ねるうちに黒くなっていく事から、黒帯が強さの象徴となったのであり、茶帯が白から黒に至る中途に設定されているのはこの残存形式であるとも言われる。
チック ぐうわ ラガーマ ヒール 黄砂の時間 ヨル ラジル セルン レイン ピックス フリーク 黄金バッド ランナー ウエポン ハムスライ かいわれ セサミン ガスホ ラスパ ヒップ バレンタ ルナス フェミニ ホガニー オランウー トレイン レッスン キムチ ビーチ サイト リードグ シルバ シフォンケ グッド カプチーノ ヒット フェロ ビーシ 男の街 フリー ミニマム ウンボク りゅうがん オーナー ちりめん ブーケト キレート フレン ドライバー バリュー

昇級・昇段のためには全国の各団体が講道館の認可を受けて行う昇級試験・昇段試験を受験する必要がある。級においては試験は受験者同士の試合形式で行われ、結果が優秀であった場合は飛び級も認められる。初段以上では、試験は試合・柔道形の演武・筆記試験の3点の総合成績で判定を行うのが基本であるが、実施母体により異なる場合もある。(注下記)初段の試験に合格した時点で正式に講道館への入門を認められ、会員証が発行されると共に黒帯の着用が認められる。

成年部(原則13歳以上)の場合の帯と段級位の関係は以下のようになっている(四級以下については、道場によって違いもある)。

四級以下:白帯
三級から一級:茶帯
初段から五段:黒帯
六段から八段:紅白帯
九段から十段:紅(赤)帯
※六段以上は黒帯でも構わない。

少年部(原則13歳未満)の場合の帯と級位の関係は以下のようになっている。

初心者:白帯
五級:黄帯
四級:橙帯
三級:緑帯
二級:紫帯
一級:茶帯
※女子部は国内ルールでは1/5幅の白線入りだが、国際ルールでは男女とも同じものを用いる。

※国際ルールを用いる国内の大会では、女子は白線入り帯を締める事になっている。

一般に最高段位は十段と思われがちだが、柔道の創始者である嘉納治五郎も『柔道概要』の中で「初段より昇段して十段に至り、なお進ましむるに足る実力ある者は十一段十二段と進ましむること際限あるなし」と述べている通り実際には上限は決められておらず、それ以上の昇段も可能になっている(ただし前例はない)。 また、段位は柔道の「強さ」のみで決まるものではなく、それぞれの段位に進む為の修業年限が規定されている。その為、オリンピック二連覇の谷亮子選手でも、段位は四段である。

なお、2006年現在までの講道館十段所有者は、山下義韶、磯貝一、永岡秀一、三船久蔵、飯塚国三郎、佐村嘉一郎、田畑昇太郎、岡野好太郎、正力松太郎、中野正三、栗原民雄、小谷澄之、醍醐敏郎、安部一郎、大沢慶己(昇段年順)の15人のみとなっている。また国際柔道連盟での十段所有者は、アントン・ヘーシンク(オランダ)とチャールズ・パーマー(イギリス)の2人となっている。

女子の場合はこれまで十段を許された例が無く、最高段位は九段の福田敬子ただ1人(2006年1月に昇段[1])で、それに続く八段所有者も二星温子と梅津勝子となっている。